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身体的虐待だけではない──データが示す「心理的虐待」「ネグレクト」の増加と、福祉現場の麻痺した感覚

身体的虐待だけではない──データが示す「心理的虐待」「ネグレクト」の増加と、福祉現場の麻痺した感覚

著者: フラカラ編集部

このコラムのまとめ

障害者福祉施設での虐待認定件数の約半数に心理的虐待が含まれ、ネグレクトも深刻化しています。本記事では最新データをもとに、身体的虐待だけでは見えない虐待の実態、現場の感覚が麻痺する構造的要因、当事者が声を上げられない背景を解説。制度と意識の両面から現場を変えるための具体策を紹介します。

障害者虐待の全体像──最新データが映す「見えにくい虐待」の増加傾向

「障害者虐待」と聞くと、殴る・蹴るといった身体的暴力をイメージする方が多いかもしれません。しかし、最新の統計データは異なる実態を映し出しています。

2026年1月、厚生労働省は2024年度の調査結果を公表。2024年度における障害者福祉施設等の従事者による虐待件数は1,267件、虐待を受けた障害者数は2,010人でした。注目すべきはその中身です。身体的虐待だけでなく、言葉による威圧や無視、必要なケアの放棄といった「目に見えにくい虐待」が年々その割合を広げています。

虐待認定件数の推移──増え続ける相談・通報

障害者虐待に対する認知は近年向上しており、障害者福祉施設等の従事者による虐待では、2021年度から2024年度にかけて相談・通報で2,662件増、虐待認定件数は568件増となっています。この増加は「虐待そのものの急増」とも「以前は見過ごされていた虐待が表面化しはじめた」とも解釈できますが、従来は問題視されにくかった行為が通報・認定されるケースが確実に増えている事実は重要です。

身体的虐待と心理的虐待はほぼ同数

虐待行為の内容については、半数以上に殴る・蹴るといった身体的虐待(51.6%)が見られ、約半数に暴言や悪口といった心理的虐待(47.3%)が見られました。虐待は複数の種類が重なって行われることも多く、身体的虐待と心理的虐待の両方を受けた被害者も珍しくありません。

虐待行為の内容別割合(令和6年度)
虐待の種類割合
身体的虐待51.6%
心理的虐待47.3%

つまり、認定されたケースのおよそ2件に1件に心理的虐待が含まれているのです。暴言や無視といった行為は外傷のように痕が残りにくく、発見も立証も遅れがちです。これだけの割合で認定されている裏には、さらに多くの未認定ケースがあると考えるべきでしょう。

施設種別・障害種別ごとに見る虐待の偏り

虐待が起きた施設・事業所の種別では、最も虐待が多く認められたのは共同生活援助(グループホーム)です。障害者福祉施設等での虐待における31.6%が、共同生活援助で発生していました。次に多かったのは障害者支援施設の19.2%。いずれも利用者の「生活の場」であり、外部の目が届きにくいという共通点があります。閉じた空間での長時間のケアは、心理的虐待やネグレクトが日常に紛れ込みやすい構造を持っています。

虐待を受けた被害者の障害種別は、約7割が知的障害者でした。さらに、障害支援区分のある方が全体の約8割、行動障害のある方が全体の約5割を占めていました。自ら被害を訴えることが難しい利用者に虐待が集中しているという構造は深刻です。心理的虐待やネグレクトは、こうした「声を上げにくい」利用者に対してもっとも起こりやすく、かつもっとも発見されにくい虐待の形態なのです。

麻痺した現場を変えるために──制度と意識の両面からできること

心理的虐待やネグレクトは、現場の「慣れ」や「仕方がない」という空気のなかで見えなくなっていきます。この麻痺を解くには、制度(仕組み)と意識(人)の両面から同時にアプローチすることが不可欠です。どちらか一方だけでは、対策は長続きしません。

虐待防止委員会を実効的に機能させる

2022年度から全事業所に設置が義務化された障害者虐待防止委員会ですが、議事録だけが残る形式的な運営では麻痺は解消できません。特に重要なのは、グレーゾーンのヒヤリハット事例を積極的に取り上げ、「どこからが虐待なのか」の認識を組織全体ですり合わせることです。

また、管理者が定期的に現場を巡回し、職員の疲弊度や利用者の表情の変化など、書類では捉えられない兆候を拾い上げる体制も整えましょう。

チェックリストで「気づき」を仕組み化する

心理的虐待やネグレクトは、当事者にも自覚がないまま進行します。その麻痺を客観的に検知するために有効なのが、チェックリストの定期活用です。厚生労働省の手引きには「職業性ストレス簡易調査票」が、全国社会福祉協議会のリストには「体制整備」「職員セルフチェック」「早期発見」の3種が掲載されています。

特に職員セルフチェックリストは、「自分は大丈夫」と思い込んでいる職員ほど意義があります。定期的に項目を確認し、「これは自分にも当てはまるかもしれない」と立ち止まる時間を持つことが防止の第一歩です。

研修は「知識の伝達」で終わらせない

虐待防止研修は、理念と法令の共有、感情コントロール、障害特性の理解、利用者本位の支援実践などのテーマを組み合わせて実施することが効果的です。

研修で定義を教えるだけでは不十分です。現場の場面を題材に「あのときの自分の言葉は利用者にどう響いたか」を振り返ること。正解を教わるのではなく、自分で気づく体験がなければ感覚は変わりません。

虐待防止研修の講師経験者

「おかしいと感じたら報告する」を当たり前にする組織風土こそが、麻痺を打ち破るもっとも確実な力になります。

心理的虐待とは何か──「言葉の暴力」だけでは語れない日常の侵害

虐待と認定されたケースの約半数(48.0%)に心理的虐待が含まれています。しかし、心理的虐待は怒鳴る・罵るといった「言葉の暴力」だけを指す概念ではありません。法律上は「著しい暴言、拒絶的な対応、不当な差別的言動、そういった心理的な外傷を与える言動」と定義されており、声を荒げなくても相手の心を傷つける言動はすべて該当し得るのです。

現場で見落とされやすい心理的虐待の具体例

怒鳴る・罵るはわかりやすい例ですが、現場でより起こりやすいのは日常に溶け込んだ形の心理的虐待です。

  • 「ここにいられなくなるよ」「仕事をしないと給料が出ませんよ」などの威嚇的な発言
  • 「これができたら外出させてあげる」といった交換条件の提示
  • 利用者の訴えや存在を繰り返し無視する
  • 厳しい命令口調で行動を制止する

これらの行為に該当すれば、たとえ使用者や障害者自身に虐待をした・されたといった自覚がなくても虐待にあたります。「悪気はなかった」は通用しません。

3つの心理的虐待の具体例

「指導のつもり」が虐待になるとき

心理的虐待でもっとも難しいのが、支援・指導との境界線です。自分の言動を振り返る際には、利用者の尊厳を守れているか本人の意思が反映されているかより穏やかな代替手段はないかの3つの視点が手がかりになります。

否定的な表現を肯定的に言い換えたり、選択肢を提示したりする技法は有効です。ただし大切なのは言葉そのものより、その根底にある「利用者の意思を尊重する」という姿勢です。

障害福祉サービスの研修担当者

心理的虐待の本質は、特定のフレーズを口にするかどうかではなく、利用者を「支援される客体」として見下す関係性そのものにあります。支援者と利用者の間の権力構造を自覚し続けることが、境界線を見失わないための唯一の方法です。

ネグレクト(放棄・放置)の深刻さ──「何もしない」という虐待

殴る、怒鳴るといった「何かをする」行為が虐待であることは直感的に理解できます。しかし、「何もしない」こともまた虐待になる──この認識は、福祉現場でさえ十分に浸透しているとはいえません。法律上、ネグレクトとは「障害者を衰弱させるような著しい減食や放置、そういった義務を怠ること」を指します。

見落とされやすいネグレクトの形

ネグレクトには、食事時間をとらせない、仕事を何も与えないといった直接的な放棄だけでなく、他の社員が障害者を虐待行為しているのを放置するケースも含まれます。自分が手を下していなくても、目の前の虐待を見て見ぬふりをすること自体がネグレクトにあたるのです。

人手不足が生む「意図なき放置」

ネグレクトを語るうえで避けて通れないのが、慢性的な人手不足の問題です。一人の職員が複数の利用者を同時に担当する状況では、優先順位の低いケアが後回しにされ、最終的に「やらなかった」まま一日が終わることが起こり得ます。

「手が回らなかった」と「やらなかった」の境界線は、人手不足が常態化するほど曖昧になります。最初は罪悪感があっても、いつしか「仕方がない」に変わる。これが意図なき放置の怖さです。

障害者福祉施設の元管理者

さらに、経営層が現場を把握せず適切な人員配置を行わなければ、個々の職員がどれほど努力してもネグレクトは構造的に発生し続けます。これは個人の怠慢ではなく、組織としてケアを放棄している「組織的ネグレクト」と呼ぶべき事態です。

ネグレクトは外傷が残らず、「していないこと」は目撃もされにくいため、あらゆる虐待のなかでもっとも発見が遅れやすい形態です。利用者の体重変化や表情の乏しさ、衛生状態といった小さなサインに敏感であり続けることが、唯一の発見手段となります。

なぜ福祉現場の感覚は「麻痺」するのか

心理的虐待やネグレクトが繰り返される根本には、個々の職員の資質だけでは説明できない構造的な問題があります。「利用者のために」という志を持って福祉の仕事に就いた人が、なぜ虐待に加担し、あるいは黙認するようになるのか。その鍵が「感覚の麻痺」です。

閉鎖的な環境が生む権力構造

虐待がもっとも多く認められたのはグループホームや障害者支援施設といった「生活の場」です。外部の目が届きにくい閉じた環境では、食事・入浴・外出など生活のあらゆる決定権を支援者が握る非対称な権力構造が自然に生まれます。この構造が自覚されないまま放置されると、「自分が利用者をコントロールして当然」という感覚に染まっていきます。

過重労働と逸脱の常態化

人手不足による過重労働は、職員から余裕を奪い、利用者への共感を薄れさせます。丁寧なケアができない罪悪感は「仕方がない」に変わり、不適切な対応が見過ごされるようになり、やがて「これくらい普通」が定着します。

虐待行為の常態化という背景から、一部の先輩職員による虐待行為を模倣させられる形で、元職員も虐待行為に加担するようになったと第三者委員会は述べています。新人が感じた違和感は「慣れるよ」の一言で封じられ、次の新人に同じ基準が受け継がれていくのです。

声を上げられない組織風土

実際、現場の職員には「上に行っても無駄」という認識が蔓延していました。過去に報告しても変わらなかった経験は「学習された無力感」を生み、合理的な判断として沈黙を選ばせます。法律上、通報者への不利益取扱いは禁止されていますが、その制度が現場に周知され、実際に守られると信じられる組織でなければ、通報という選択肢は事実上機能しません。麻痺した感覚は個人の心の問題である以前に、組織全体の病理なのです。

当事者が声を上げられない──心理的虐待・ネグレクトが表面化しにくい背景

虐待が表面化しないもう一つの決定的な要因は、被害を受けている当事者自身が声を上げることが極めて難しいという現実です。虐待を受けた被害者の障害種別は、7割以上が知的障害者でした。自分が受けている扱いが「虐待」だと認識すること自体が難しく、被害を言語化して第三者に伝えることも困難な場合が多くあります。

訴えが「苦情」として扱われない

利用者が勇気を出して「あの職員が嫌だ」と伝えても、「わがまま」と片づけられてしまうケースがあります。支援者側が「適切な指導だった」と主張すれば、利用者の言葉はしばしば退けられます。生活全般を支援者に依存している利用者にとって、関係を壊すことへの恐怖も大きく、訴えること自体が高いハードルなのです。

「グレーゾーン」が放置される構造

法律上は「虐待の疑い」の段階で通報義務が生じますが、心理的虐待やネグレクトは「支援の範囲内なのか虐待なのか」の判断が難しく、確信が持てないまま通報がためらわれがちです。この曖昧なグレーゾーンこそが虐待の温床であり、エスカレートの出発点となります。

データは「氷山の一角」にすぎない

2024年度の虐待認定件数は1,267件ですが、認定に至るには「気づき→認識→通報→認定」のすべてのハードルを越える必要があります。心理的虐待やネグレクトは各段階でつまずきやすく、実態は認定件数の何倍にもなる可能性があります。「認定されていない=起きていない」ではなく、「氷山の一角」という前提に立つことが、すべての福祉関係者に求められています。

まとめ──「見えにくい虐待」を見ようとする覚悟が、現場を変える第一歩になる

心理的虐待とネグレクトは、外傷が残らず、当事者も訴えにくく、周囲も「これくらい普通」と感じてしまう──その「見えにくさ」ゆえに、長期間にわたって利用者の尊厳を静かに削り続けます。

虐待を防ぐには、まずは「チームで支援する」ことの重要性を再確認し、組織としての理念をもち、職員が一人で悩みやストレスを抱え込まない体制を構築・維持することが先決です。制度を整え、一人ひとりの感覚を研ぎ澄まし続けること。見ようとする覚悟を持った一人がいれば、現場は変わり得ます。その一人が自分自身かもしれないという自覚を、すべての支援者に持っていただければ幸いです。

参考:

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