言葉で意思を伝えられない障害者の「終末期ケア」|本人の『最善の利益』をチームで導き出す方法
著者: フラカラ編集部
監修: 中村 啓吾
このコラムのまとめ
言葉で意思を伝えられない障害者の終末期ケアにおいて、本人の「最善の利益」をチームで導き出す方法を解説。非言語的サインの観察・記録、多職種カンファレンスの実践手順、国内ガイドラインの活用法、成年後見人・家族の有無に応じた意思決定の進め方、支援者自身のケアまで、現場で求められる具体的なアプローチを網羅的に紹介します。
「最善の利益」をチームで導き出す──多職種カンファレンスの実践手順
言葉で意思を伝えられない障害者の終末期において、「誰か一人が決める」構造はリスクをはらみます。多職種がそれぞれの専門的視点を持ち寄るチームアプローチが不可欠です。ここでは、多職種カンファレンスの具体的な進め方を5つのステップで解説します。
ステップ1:関係者の選定と役割の明確化
主治医・看護師、生活支援員、相談支援専門員、家族、成年後見人など、医療・福祉・法律の各分野からメンバーを招集します。特に日常的に本人のそばにいる支援者は、本人の「快・不快」を最も正確に読み取れる存在です。現場の声が埋もれないよう、発言の機会を意識的に設けましょう。
ステップ2:本人に関する情報の整理
本人に関する情報を「生活史」「医療情報」「非言語的意思」の3領域に分けて整理し、全員で共有します。目の前の医学的状態だけでなく、本人がどのような人生を歩んできたかという文脈を踏まえることが、議論の質を大きく左右します。
ステップ3:「本人ならどう選ぶか」を全員で検討する
「もし本人が自分で選べるとしたら、どれを望むだろうか」を中心に据え、医学的な選択肢を提示したうえで、生活史や非言語的反応をもとに本人の価値観に最も合致するものを話し合います。
ステップ4:合意形成と記録
意見が対立した場合は、論点の明確化、「本人にとって」への立ち返り、第三者の活用で調整します。合意内容は参加者・方針・根拠を含めて文書に記録し、判断の透明性を担保します。
ステップ5:繰り返し見直す「プロセスとしての意思決定」
終末期の意思決定は一度で終わりではありません。本人の病状変化や非言語的反応の変化に応じて、定期的に方針を見直し続けます。状況が変われば方針も変わる──それは本人の利益を守り続けるための誠実な姿勢です。
終末期ケアにおける「最善の利益(ベスト・インタレスト)」とは何か
「最善の利益」とは、本人が自分で決められない状況において、本人の立場に立って最もふさわしいと判断される選択のことです。本人の意思確認、意思推定を尽くしてもなお判断が難しい場合に用いられる「最後の拠りどころ」といえます。
「本人の意思尊重」との関係
意思決定支援の大原則は本人の意思尊重ですが、重度の知的障害や重症心身障害のある方のなかには、意思の形成・表明自体が極めて困難な方がいます。「意思が確認できないから何も決められない」という膠着状態こそが、本人にとって最大の不利益です。最善の利益による判断は、常に本人の意思に立ち返ろうとする姿勢を含んだプロセスです。
支援者の"善意"が本人の利益と一致しないケース
家族の「一日でも長く」という延命希望、支援者の「苦しませたくない」という早期中止の判断、医師の「医学的に無意味」という見解──いずれも善意に基づいていますが、本人の利益と一致するとは限りません。「もし本人が自分で判断できるとしたら何を望むか」を常に中心に置くことが、善意の押しつけを防ぐ唯一の方法です。
忘れてはならない視点
「最善の利益」は延命と同義ではなく、多数決で決めるものでもありません。本人の状態に応じて変化しうるものであり、定期的な見直しが不可欠です。最善の利益とは、本人の人生に敬意を払い、最期まで「その人らしさ」を守ろうとする営みにほかなりません。
言葉以外から本人の意思を読み取る──非言語的サインの観察と記録
言葉で意思を伝えられない方であっても、表情や身体の動き、声のトーン、行動パターンのなかに「快・不快」や「望み」は表れています。これらを読み取り、記録として蓄積することが、終末期の意思決定を支える土台となります。
「快・不快」を見極める観察のポイント
観察すべき領域は、表情(口角の変化、眉間のしわ)、身体の動き(弛緩か硬直か)、声・発声(穏やかな声かうめき声か)、生理的反応(呼吸や脈拍の変化)の4つです。ただし、一つのサインだけで判断せず、前後の文脈や身体的な原因の可能性も含めて総合的に見ることが重要です。
日常の記録を「意思の履歴」として蓄積する
終末期を迎えてから観察を始めても十分な精度は得られません。日頃から「本人がどう反応したか」を記録し、好きなこと・嫌がること・人との関わりへの反応などを集約した専用シートを作成しておくと、カンファレンスで貴重な判断材料になります。
家族・長年の支援者からの聴き取り
家族は支援者が知りえない本人の歴史を持っています。幼少期からの好みや「本人らしい」と感じる瞬間を聴き取ることで、非言語的サインの解釈に奥行きが生まれます。ただし、家族の願望と本人の意思を区別し、複数の関係者から情報を集めて立体的な本人像を描くことが大切です。
現場の事例に学ぶ──チームで「最善の利益」を導き出したケース
ここでは、言葉で意思を伝えられない障害者の終末期において、チームで「最善の利益」を導き出した2つの架空事例を紹介します。
事例1:重症心身障害のある50代男性──胃ろう造設の判断
嚥下機能が低下し胃ろう造設を提案されたAさん。主治医と家族は造設を希望しましたが、担当支援員は「食事がこの人の最大の喜び」と慎重な姿勢でした。チームは30年分の支援記録を共有し、食事場面で見せる穏やかな表情や、医療処置時の苦痛反応を検討。家族も対話を重ねるなかで「穏やかに過ごせることが一番」と考えが変化しました。結論として、食形態の工夫で経口摂取を継続し、状態変化があれば再検討する方針で合意しました。
事例2:知的障害と認知症を併発した60代女性──看取りの場所
末期がんが判明したBさん。成年後見人に医療同意権はなく、高齢の母も判断困難でした。支援員から「施設では穏やか、病院では緊張する」という情報が共有され、緩和ケア医の「訪問診療で痛みの管理は可能」との助言もあり、40年暮らした施設での看取りが選択されました。
2つの事例に共通するポイント
いずれも本人の非言語的反応を判断の中心に据え、結論を急がず対話を重ね、「見直し可能な方針」として共有しました。完璧な答えはなくとも、本人のために対話を積み重ねることが最も確かな方法です。
「良い最期だった」と言える支援のために──支援者自身のケアと心構え
「本当にこの判断でよかったのか」──言葉で確認できない方の終末期ケアは、支援者に大きな精神的負荷をもたらします。慢性的な自責感、感情の麻痺、燃え尽きといった変化は、真剣に向き合う支援者ほど現れやすいものです。
支援者の悲嘆とバーンアウトを防ぐために
個人レベルでは、感情の揺れを否定せず受け入れること、信頼できる同僚に気持ちを言語化することが助けになります。組織レベルでは、看取り後のデスカンファレンスの開催、判断の責任を個人に帰さないチーム体制の構築、外部カウンセラーの活用が有効です。
「親あるうちに」始めるエンド・オブ・ライフの備え
支援者の苦しみを軽減する最善策は、終末期の前から本人の価値観を蓄積しておくことです。家族が元気なうちに、好き嫌い、大切にしてきた習慣、医療への考え方を聴き取り、ライフストーリーや「もしものとき」シートとして記録に残しておきましょう。その積み重ねが、いざというときの判断の基盤となり、支援者自身の心の拠りどころにもなります。「良い人生だったね」と見送れるかどうかは、最期の瞬間ではなく、日々の関わりの積み重ねで決まるのです。
なぜ「本人の意思が確認できない終末期」が現場で深刻な問題になっているのか
言葉で意思を伝えられない障害者の終末期ケアが、いま支援現場で切実な課題となっています。その背景には3つの要因が重なり合っています。
障害者の高齢化という前例のない事態
医療の発達により、重度知的障害者の寿命は大きく延びました。全国に65歳以上の知的障害者は約16万人いるとされ、支援現場では「教科書がない」まま、終末期の判断に直面しています。認知症の併発や重度化も加わり、わずかに残っていた意思表示の手段すら失われるケースも増えています。
「誰が同意するのか」という医療同意の法的空白
本人が同意できない場合、家族や成年後見人に同意が求められますが、成年後見人に医療同意権があるとする法的根拠はありません。同意が得られず手術をしないと回答した医師が半数近くに上るという調査もあり、必要な医療が届かない事態が現実に起きています。
家族も高齢化・不在化する時代
親の高齢化や死去により、終末期の判断に関われる家族がいないケースが急増しています。家族がいる場合でも、愛情の深さゆえに客観的な判断が難しくなることは少なくありません。制度の不備が解消されるのを待つのではなく、いま使える仕組みとチームの力で本人の最善を積み上げていく姿勢が求められています。
押さえておくべき国内ガイドライン──3つの指針の要点と限界
言葉で意思を伝えられない障害者の終末期に関わる主要なガイドラインは3つあります。それぞれの要点と限界を整理します。
人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
本人の意思が不明なまま医療者だけで延命治療を進める事態を防ぐことが目的です。本人が意思表明できない場合は家族が意思を推定し、医療・ケアチームと話し合って方針を決定します。
障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン
意思決定支援を「意思形成・意思表明・意思実現」の3段階で捉え、事業所内に意思決定支援責任者を置くなどの体制整備を推奨しています。
身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン
家族がいないために必要な医療が提供されない事態を防ぐことを目的とし、支援チームの役割や合意形成プロセスを明確にしています。
現行ガイドラインの限界
3つのガイドラインは理念を共有していますが、意思推定の手がかり自体が乏しい場合の対応や、成年後見人の医療同意の壁など、カバーしきれないグレーゾーンが残ります。現場では複数のガイドラインを組み合わせて活用し、不足部分はチームの力で補うことが求められます。
成年後見人・家族がいる場合・いない場合──それぞれの意思決定の進め方
終末期の意思決定に関わる人の状況はケースごとに異なります。どのパターンでも「本人の最善の利益」を中心に据える原則は変わりません。
成年後見人がいる場合
民法上、成年後見人に医療同意権があるとは明記されていません。しかし、権利擁護者としてカンファレンスに参加し、本人にとって最も制約の少ない選択肢が検討されているかを確認する役割は重要です。「同意」ではなく「意見表明」として関わることが現実的な運用といえます。
家族がいる場合
家族の意向は大きな影響力を持ちますが、本人の利益と常に一致するとは限りません。家族の思いの背景を丁寧に聴き取りつつ、本人の非言語的反応を共有し、複数回の対話を重ねることで、家族自身のなかでも考えが深まっていきます。
身寄りがない場合
長年の担当支援者を中核に、過去の記録から「意思の履歴」を掘り起こします。判断の客観性を担保するため、施設内外の倫理委員会への諮問や外部専門家の助言を積極的に活用し、プロセスと根拠を通常以上に詳細に記録することが求められます。
まとめ──「声なき声」に応えるチームアプローチが本人の尊厳を守る
本記事では、言葉で意思を伝えられない障害者の終末期ケアにおいて、本人の「最善の利益」をチームで導き出すための考え方と方法を解説しました。
障害者の高齢化、医療同意の法的空白、家族の不在化が重なるなか、支援者には正解のない判断が求められます。しかし、非言語的サインを丁寧に読み取り、生活史や家族の思いを共有し、多職種で対話を重ねることで、「本人の声」を形にしていくことはできます。
完璧な答えはなくとも、本人の人生に真剣に向き合い、チームで記録を残し、見直し続けるその営みこそが、言葉を持たない方の尊厳を守る最も確かな方法です。「良い人生だったね」と見送るために、今日の関わりを丁寧に積み重ねていきましょう。
サービス管理責任者・介護福祉士・行動援護従業者養成研修
監修者略歴
日本福祉大学 社会福祉学部社会福祉学科卒業
大学卒業後、約12年間にわたり児童・障がい・就労・高齢の福祉現場にて従事。利用者ご本人はもちろん、行政機関・医療機関・他事業所と連携する中で福祉現場の「いま」を見続けてきた。
「丁寧な支援をしていても外部に伝えることができない」「新たな利用者を探すのが難しい」という現場の課題を解決するため、
就労支援特化のマッチングプラットフォーム「フラカラ」の運営に携わっている。
フラカラ編集部では、障がいのある方の就労や働き方について、できるだけ分かりやすく、実生活に役立つ情報をお届けすることを大切にしています。
制度や仕組みだけでなく、利用者の立場や現場で感じやすい悩みに目を向け、
一つひとつのテーマを丁寧に整理・編集しています。
難しい言葉や専門的な表現に偏らず、はじめて調べる方にも伝わる内容になるよう心がけながら、日々コラムの制作を行っています。


一人の判断ではなく、チームで対話を重ねるプロセス
監修者コメント
言葉で意思を伝えられない障害のある方の終末期において、「最善の利益」をどう見出すかは支援現場で最も苦悩するテーマです。医療同意の法的空白や家族の不在化・高齢化が進む中、一人の判断に頼るのではなく、日頃の「非言語的サイン」や生活史を持ち寄り、多職種チームで対話を重ね続けるプロセスそのものが本人の尊厳を守ることにつながります。
本記事では、カンファレンスの具体的手順から各種ガイドラインの活用、身寄りの有無に応じた対応、支援者自身のグリーフケアまで実効性の高いアプローチが体系的に整理されています。
正解のない問いに向き合う現場で、目の前の方の「声なき声」をチームで形にしていくための実践的なガイドとしてご活用ください。